2007.05.27
なぜ「ゆるいデザイン」なのか
DTPになってから、妙に洗練されたデザインが多くなった。今や誰が作ってもそれなりに小じゃれたデザインができるようになったせいだろう。もはやこの手のデザインではどんぐりの背比べにしかならない。このままでは作業効率とデザイン料を競うだけのラットレースがさらに激化することになるだろう。
もっともこうした事情はデザインに限らないようだ。将棋の羽生善治氏の「高速道路と大渋滞論」によると、デザイン業界の変化は、IT時代の変化という大河の激流の中の一支流にすぎないことがわかる。
羽生氏は『ウェブ進化論』の梅田望夫氏との対談の中で次のように語っている。
(将棋学習者は)インターネットの普及で、昔と比べて圧倒的に速いスピードで、かなりのレベルまで強くなることができるようになった。それは信号のない高速道路をいっきに突っ走るようなものだ。しかし一定の距離まで行ったところでそれ以上進めず渋滞を起こしてしまう。あとからも次々と追いついて来るからそこで大渋滞になる。だが、この大渋滞から抜け出すとなると、それまでの学習の延長では相当難しい。
これが羽生氏の言う、学習の「高速道路と大渋滞論」の要旨である。
DTPと将棋学習では少し事情が異なるが、基本的には同じようなものだ。小綺麗で洗練されたデザインが「大渋滞」を起こしているわけである。さて、それではこの大渋滞から抜け出すにはどうすればいいか。DTPが渋滞を起こした原因であるならば、DTPソフトのアーキテクチャーから逃れることが渋滞から抜け出す突破口になるのだろうか。
この数年、「ゆるい」デザインが目立つようになってきたのは、たぶんこの「大渋滞」と関係しているのだろう。服部一成氏が『アイデア』誌で語っていたように、「どこか1cmくらいずれていても、ちょっとくらい文字が曲がっていても揺るがないくらいの骨太な強さ、良さをがっちり捉まえている。あとはどっちでもいい」ようなデザイン・コンセプトこそDTPソフトのグリットの呪縛からの逃走を可能にするコンセプトであり、結果的にゆるいデザインへと結実するのだろうか。
また、1980年代に流行った「へたうまイラスト」を求めた人たちの心理と、2007年の今、ゆるいデザインを好む人たちの心理は同根なのか別物なのか。私のゆるい頭ではよくわからない。どちらにせよ、デザインの好みも時代につれて変わる。その変わりゆく時代に向き合わないデザイナーは時代に取り残されることになるのかもしれない。
「取り残されたって平気だ!(俺は俺の道を行く!)」
正直なところ、そう叫びたい衝動がないわけではない。しかし、それを口にできるのは希代の天才か、屋根裏部屋の芸術家だけだろう。
その「ゆるいデザイン」もすでに飽きられてきているような気がしないでもない。まったく、めまぐるしいことだ。
もっともこうした事情はデザインに限らないようだ。将棋の羽生善治氏の「高速道路と大渋滞論」によると、デザイン業界の変化は、IT時代の変化という大河の激流の中の一支流にすぎないことがわかる。
羽生氏は『ウェブ進化論』の梅田望夫氏との対談の中で次のように語っている。
(将棋学習者は)インターネットの普及で、昔と比べて圧倒的に速いスピードで、かなりのレベルまで強くなることができるようになった。それは信号のない高速道路をいっきに突っ走るようなものだ。しかし一定の距離まで行ったところでそれ以上進めず渋滞を起こしてしまう。あとからも次々と追いついて来るからそこで大渋滞になる。だが、この大渋滞から抜け出すとなると、それまでの学習の延長では相当難しい。
これが羽生氏の言う、学習の「高速道路と大渋滞論」の要旨である。
DTPと将棋学習では少し事情が異なるが、基本的には同じようなものだ。小綺麗で洗練されたデザインが「大渋滞」を起こしているわけである。さて、それではこの大渋滞から抜け出すにはどうすればいいか。DTPが渋滞を起こした原因であるならば、DTPソフトのアーキテクチャーから逃れることが渋滞から抜け出す突破口になるのだろうか。
この数年、「ゆるい」デザインが目立つようになってきたのは、たぶんこの「大渋滞」と関係しているのだろう。服部一成氏が『アイデア』誌で語っていたように、「どこか1cmくらいずれていても、ちょっとくらい文字が曲がっていても揺るがないくらいの骨太な強さ、良さをがっちり捉まえている。あとはどっちでもいい」ようなデザイン・コンセプトこそDTPソフトのグリットの呪縛からの逃走を可能にするコンセプトであり、結果的にゆるいデザインへと結実するのだろうか。
また、1980年代に流行った「へたうまイラスト」を求めた人たちの心理と、2007年の今、ゆるいデザインを好む人たちの心理は同根なのか別物なのか。私のゆるい頭ではよくわからない。どちらにせよ、デザインの好みも時代につれて変わる。その変わりゆく時代に向き合わないデザイナーは時代に取り残されることになるのかもしれない。
「取り残されたって平気だ!(俺は俺の道を行く!)」
正直なところ、そう叫びたい衝動がないわけではない。しかし、それを口にできるのは希代の天才か、屋根裏部屋の芸術家だけだろう。
その「ゆるいデザイン」もすでに飽きられてきているような気がしないでもない。まったく、めまぐるしいことだ。
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