上の2枚の画像は共に書籍カバーである。
左は今年3月に発売されて話題になった村上春樹・訳の『ロング・グッドバイ』(早川書房)で、右は1946年にアメリカで出版された古いミステリーのペーパーバックである。『ロング・グッドバイ』の原作は言わずと知れたあのレイモンド・チャンドラーで、原著は1953年に出版されている。村上訳は清水俊二の訳から数えて50年ぶりの新訳となる。

ご覧の通り二冊の装丁はそっくりである。いや、こういう場合そっくりという表現は適切ではない。同じと言うべきだろう。なにしろ、今回『ロング・グッドバイ』を装丁したデザイナーはこの古いペーパーバックの装丁を引用しているのだから同じで当然である。しかし、デザイナーによるとこれは引用ではなく「オマージュ」になるらしい。

オマージュとは何か。
ウェブ百科事典のウィキペディアによると、
「オマージュ(仏:hommage)は、リスペクト(尊敬)や敬意のこと。--中略-- 芸術や文学においては、尊敬する作家や作品に影響を受けて、似たような作品を創作する事」とある。
オマージュの有名な例としては、例えば黒澤明監督の『七人の侍』を翻案した『荒野の七人』(ジョン・スタージェス監督)を挙げることができるだろう。
余談だが、音楽業界では同様の意味で「トリビュート」という言葉が使われている。例えばマイルス・デイビスが亡くなった時、トリビュート・アルバムとして彼のヒット曲をカバーしたアルバムが発売された。有名アーティストが亡くなるとたいていトリビュート・アルバムが作られるので追悼の意味だと思っている向きもあるがそうではない。

さて、オマージュの意味はわかった。
この本の装丁はニューヨークの人気デザイナー・チップ・キッド(+ハヤカワデザイン)で、彼はオマージュとしてこの本をデザインしたと言っている。しかしこの装丁のどこがオマージュになるのか理解できない。そもそも彼は誰にオマージュを捧げたのか。当然レイモンド・チャンドラーのはずだが、キッド自身の発言があるのでまずそちらを聞いてみよう。

『レイモンド・チャンドラーの名作『ロング・グッドバイ』の装幀を手がけることは私にとって大変な名誉です。その翻訳が友人の村上春樹というのですからなおさらです。レイモンド・チャンドラー、村上春樹、そして古き良きミステリへのオマージュとして、私は1940年代のペイパーバック(Anything for a Quiet Life)の表紙を現代風にアレンジしてみました。時代の雰囲気をうまく伝えた力強い装幀になったと自負しています。』

チップ・キッドが『ロング・グッドバイ』の装丁に引用した1940年代のぺーパーバック『Anything for a Quiet Life』はチャンドラーの作品ではない。この装丁を引用することがなぜチャンドラーへのオマージュになるのだろう。この本とチャンドラーとの関連を強いて挙げるなら、チャンドラーが活躍した1940年代のミステリー小説であるくらいだ。たぶん、キッドは、当時のパルプ・マガジンやペーパーバックが持っていたチープで低俗な雰囲気を再現したかったのだと思う。しかし、キッドのこの装丁はオマージュと呼べるだろうか。彼はずいぶん欲張って、「チャンドラー、村上春樹、そして古き良きミステリへのオマージュとし」たと語っているが、古き良きミステリーへのオマージュはそれだけではチャンドラーへのオマージュにはならない。それでいいなら、マイルス・デイビスへのトリビュート・アルバムのカバー曲は古いジャズならなんでもいいことになってしまう。そうではなく、尊敬する作家個人に直接的な関係のある作品を捧げることがオマージュとしての必要条件ではないか。

20070621080747.jpgもっともオマージュ自体がグレーゾーンで使用されている不透明な概念である。昨年、有名な日本人画家が、イタリア画家の作品を盗用して話題になった。追いつめられたこの画家が苦し紛れに口にしたのがやはりオマージュだった。もし、ブックデザインにオマージュが許されるなら、私の仕事はずいぶんと楽になる。しかし、これはオマージュですね、素晴らしい!と言ってくれる編集者はまずいないだろう。
ウィキペディアのオマージュの説明には続きがあって、「昨今は斬新なアイディアの欠如などから、「オマージュ」と称して過去の作品に頼ったり、--中略-- しばしば著作権やモラルの問題」につながる、とある。
キッドのこの装丁にそうした問題はないか。


また、これはオマージュとは関係ないが、キッドの意図した古き良きミステリーの雰囲気はこの『ロンググッドバイ』では成功していないと思う。『ロング・グッドバイ』は600ページ近くもある分厚いハードカバーであり、紙も印刷もきれいだから、かってのパルプ・マガジンやペーパーバックでおなじみの装丁は似合わないのだ。ブランド物のスーツの上に作業着を着せたような違和感がある。せめてペーパーバック風の造本にしていればもっと違ったイメージに仕上がっていたかもしれない。もっとも、村上春樹へのオマージュということであれば、たしかに、このポップで軽いイメージはよく似合っていると思う。

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FAREWELL MY LOVERY
悲しき大鹿マロイの物語
実は私は怒っている。
私は古くからのチャンドラーファンであり、『長いお別れ』が特に好きなのである。ペーパーバックの原書『The Long Goodbye 』も持っている。現在のつまらない装丁ではなく昔の味があってかっこいい方のやつだ。そのチャンドラーの作品がこんなキッチュでポップな装丁にされてしまったことで頭にきているのだ。オマージュかおまんじゅうか知らないが、本当はそんなことはどっちでもいいのだ。チャンドラーの『The Long Goodbye』の日本語版がこんな装丁にされてしまったことが読者として残念なのである。