『ノーカントリー』
英題: NO COUNTRY FOR OLD MEN
製作年: 2007年
製作国: アメリカ
日本公開: 2008年3月15日
上映時間: 2時間2分
R-15

『ノーカントリー』未公開スペシャル予告




ネタバレ必至!(というより、観てからでないとわからない。)
この映画の結末は、2時間近く映画に付き合ってきた観客への裏切りともとれるほど不親切であっけなく唐突なので最初は戸惑った。結末が破綻しているとさえ思える。「起承転結」や「序破急」「クライマックス」「カタルシス」といったこれまでの劇作法から大きく逸脱しているからである。したがって、結末への不満の声が多いのも理解できる。私もこの結末はまずいのではないかと感じた。映画はあくまで娯楽なので、観客の期待を裏切る結末になってはいけないと思う。
それを認めた上でのことだが、一方で、この結末は映画作法の上で画期的だとも感じている。この映画のテーマをふまえて考えれば実にリアルで必然的な結末と言えるかも知れないのである。

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この映画のテーマは、トミー・リー・ジョーンズ演じる老保安官が、まるで観光ガイドのように饒舌に語ってくれる。それは、新しいタイプの暴力とそれの社会への蔓延である。
風変わりな服装の若者たちが、動機のわからない理由で平気で人を殺す。そうした新しい風潮が社会全体に蔓延しつつあり、古き良き時代はもはや失われた。しかし、老人にはこの得体の知れない暴力が社会を蝕みつつある事態を、理解することも、止めることも避けることもできない――諦念をにじませて老保安官は長々とぼやくのである。
そうした暴力はいつなんどき私たちの頭上に突如として振り下ろされるかわかったものではない。そう考えると、この映画のあっけないほどの結末も理解できる気がする。現代の新種の暴力はそれほど唐突で理不尽な形で降りかかってくるという理解である。

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この映画は1980年代を時代背景にしていて、老保安官の抱く不安と諦念は、実は日本に生きる私たちのそれと重なる。
金属バット殺人事件で日本中が騒然となったのは1980年だった。その後、1988年の宮崎勤による女児連続誘拐殺人、89年の女子高生コンクリート詰め殺人事件と理解に苦しむ恐ろしい事件が続いた。90年代になると、95年のオウムサリン事件、97年の酒鬼薔薇聖斗による連続殺人。2000年の新潟少女監禁事件、21世紀になると、2001年の池田小学校児童8人の殺害事件が起き、2005年には「何となく人を殺してみたかった」という17歳の高校生による殺人事件が発生する。そして「なぜ人を殺してはいけないのですか」と無表情に質問する少年まで現れたのが日本の現在の姿である。

先日の畠山鈴香による2児殺害事件の地裁判決からもわかるように、司法はいまだに動機による量刑を決めているが、現実には動機の輪郭が曖昧な殺人事件が増えている。もはや金や恨みを動機とするわかりやすい殺人ばかりではない。得体のしれない暴力が浸透しているのが、私たちの住む現代社会であり、この映画の中で老保安官が嘆く社会と重なるのである。。

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『ノーカントリー』に出てくる殺人者=シガーは比較的殺人の動機がはっきりしている。彼にとって殺人は、第一に仕事であり、そして主義として彼なりの流儀を貫くことである。シガーは評判通り恐ろしかったが、、生身の人間というより「ターミネーター」ばりに誇張されているため、あまりリアリティのある存在となっていない。シガーは手に負えなくなった暴力の象徴であり、カリカチュアでもある。『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士がそうであったように、人間離れしたモンスターである。しばしば比較される『ファーゴ』の殺人鬼=グリムスラッドの方が、得体の知れない狂気という点では数段リアリティがあり、不気味で怖い人物造形がなされていた。

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大金を持って逃げていたモスは、映画のストーリーとはまったく関係のない暴力であっけなく命を落とす。観客はモスの死の瞬間を目撃することすらできない。追跡者のシガーもまた、ストーリーとは関係のない偶然の交通事故によって重傷を負い、すごすごと舞台から退場してしまうのである。ここに至って、観客は映画の主人公を失い、これまでのストーリーから突然放り出されて途方にくれることになる。観客にとって唖然とするような結末である。しかし、劇作法上からは破綻と考えることができるとしても、実際の現実がそのような不条理なものだと考えれば、また、得体のしれない理不尽な暴力が現代社会に浸透してきていることを思えば、この結末は自然でリアリティを帯びてくるのである。

観客へのサービスが欠如したとしか思えない『ノーカントリー』のあっけない結末も、そうした偶然の暴力の不条理を描写したものだと考えれば納得がいくのではないか。この人生、一寸先は闇であり、まったくもって何が起こるかわからないのである。

『ノーカントリー』コーエン兄弟インタビュー


余談
原題は「NO COUNTRY FOR OLD MEN」である。これを「ノーカントリー」とするのはあまりにも安直であり、第一、意味をなしていない。
かって、「ペイ・フォワード」という映画があった。この原題は「PAY IT FORWARD」であり、こちらの邦題も意味をなさない。日本語によるタイトルを工夫しないばかりか、語感だけに頼り、意味のない省略英語を題名にして恥じることのない関係者に猛反を促したい。

近所のam/pmに書籍コーナーができていた。
ずっと前から始まっているサービスらしいが、実際に見たのはこれが初めてだ。書棚は狭いながら、ハードカバー(文芸、ビジネス)、新書、文庫に分かれていて、それぞれ1位から10位までのランキングがポップで表示されている。別に「話題の本」のカテゴリーまであった。このコーナーを見ているかぎり書店にいるのと変わらない。道路のすぐ反対側にはかなり広いフロアーをもつ「書泉」があるが、午後8時に閉店する書泉に24時間営業のam/pmaが与える影響は小さくないかもしれない。

今日、週間ダイヤモンドの最最号を買おうと書泉に行ったが、古い週の号しかなかった。それでam/pmに行って雑誌コーナーを覗いてみるとこちらには最新号が何冊もあった。
書店の倒産が話題になって久しいが、果たして書店は努力しているのだろうか? 本はなるだけ書店で買いたいので、近所の書泉がam/pmに駆逐されしまわないかと心配だ。