増える一方の本で身動きが出来なくなってきたので、Amazonnのマーケットプレイスあたりで処分しようと思って調べていたら、「マイストア」という機能があるのに気づいた。Amazonでこれまで買った本や検索した本を元に、Amazonの検索アルゴリズムがお勧め本をピックアップしてくれるリストらしい。
これがなかなかツボを押さえた優れもので、欲しい本が次々と出てくる。売るつもりだったのに、結局、気がついたらショッピングカートに10冊ちかく入れてポチッと押してしまった。まずいなこれは。

Amazonのマーケットプレイスを利用していて気分が良くないのは、同じ書店から何冊買っても個別に送料を払わされるシステムだ。1冊の送料が340円だから10冊買うと3400円にもなってしまうから、古本がいくら安くても送料がばかにならない。
送料も大変だが、書店が同時に受注した本をわざわざ個別に梱包して送料を稼ごうとするシステムはどう考えてもおかしい。商いとして不健全だ。
ま、この件はすでにあちこちで論議がつくされているようなのでこれ以上言及しないが、変なシステムはやはり変なシステムだ。改善を望みたい。


この数週間ホームページが表示されない状態だったようだ。
めったに訪れる人もいないし、自分も見ないので気づかなかった。
原因は格安レンタル・サーバー「ロリポップ」のサーバー障害だ。格安だけあってここはたびたびサーバーが落ちるようだ。それにしても落ちたまま数週間とはひどい。
サーバーの移行を検討しなければ、とは思うものの、新たな設定が面倒なのでいつになることか…。

ps.
HPが復旧しました。
原因はサーバー障害ではなく、独自ドメインの契約切れでした。
ロリポップさんの名誉のために報告しておきます。
困ったことに、大事なメールがたびたび迷惑メールに振り分けられてしまいます。とほほ…




JR東日本は、東京駅八重洲南口コンコースに、65インチの縦型液晶ディスプレイを用いた「デジタルポスター」をこの7月から9月までテスト設置する。無線技術を用いた広告システムで、時間帯や曜日別のコンテンツ表示が可能だという。
昔、B倍全のポスターと言えばグラフィックデザイナーのあこがれの媒体だった。美術展の応募要項はたいていポスターを前提にしていた。絵の具も「ポスターカラー」と呼ばれていたぐらいだ。
アナログ時代のポスター制作はデザイナーにとってその大きなサイズが魅力だったが、DTP制作では、サイズは単なるデータだから事実上見た目のサイズは関係なくなる。なんだか味気ない。デザインも美術も「原寸サイズ」で見ることが大事だが、DTPになってモニターで可変サイズで見ることに慣れてしまった。このことはデザイナーの視覚に重大な問題を引き起こしていると思うがあまり指摘されることがない。
今回は静止画だそうだが、いずれ動画も導入されることだろう。「マイノリティ・レポート」の世界が現実になるのも先のことではないようだ。



EOS 450D Large books digitizing


googleは世界中の本を整理すると豪語しているが、本をスキャナの前にセットし、一ページづつ開いて平らにし、それからスキャンするといった手間のかかるアナログ作業の大変さをどれだけ予想できていたかな?
googleの野望が実現するのはいつになることか…。



いつも楽しませてもらっている「らばQ」に感動的なエントリーがありました。
すでに旧聞に属する話題なのでご存じの方もいるかと思いますが、今日初めて目にしたのでリンクします。
冴えない男の才能が発掘されたとき(動画)

子どもの頃はいじめられッ子で、少し前までは冴えない携帯電話のセールスマンだったポール・ポッツ。彼は交通事故に遭い失業し、生活に追いつめられた末、イギリスのタレント発掘テレビ番組に出場する。そのステージでトゥーランドットのナンバー「Nessun Dorma「(誰も寝てはならぬ)」を絶唱し、一夜にして才能を開花させました。
わたしはオペラにまったく興味のない人間ですが、彼の素晴らしい歌声と、劇的な「アメリカン・ドリーム」は何度観てもウルウルします。
これはまったっくもって感動ものです。

Paul Potts (Nessun Dorma)


これは初出場の模様です。
手厳しい批評で鳴る3人の審査員。
『ポール、それで、今日は何をしに来たの!』
とのっけから冷たい挨拶…
『オペラを歌うためです。』
緊張で今にも泣き出しそうな顔のポッツが答えます。
エッ、こいつがオペラを? と顔を見合わせる審査員。
しかしポールが歌い出した瞬間、会場は鳥肌立つ。
そして彼が歌い終わると、感動の大波が襲う。
才能が劇的に花開いた夜でした。
youtube再生回数2400万回という驚異的な数字が感動の深さを物語っています。
「らばQ」に、このあと決勝まで、字幕つきの動画があります。



松籟。
“しょうらい”と読む。
松林を吹き抜ける風、あるいは風がたてる音のことである。
この言葉を野田知佑の「新・放浪記」で最近知った。

「松籟という言葉がある。松籟、松に吹く風という意味だ。松の木に風が当たると針葉の一本一本が身を震わせて、それが得もいわれぬ落ちついた合唱音になる。その中に身を置くととても心なごむのである。」

長年の疑問がこの言葉で解けたような気がした。松籟のもたらす効用に思い当たる記憶があったからである。
小学の高学年か中学生の頃、ある日わたしは海岸線に沿った松林の木陰にゴザを敷いて昼寝をしていた。記憶は曖昧だが、父母が少し離れた砂浜にいたはずだ。季節は初夏か夏の頃だった。天気はあくまで好天で、青い空に明るい日差しがあふれていた。松林の下でその時わたしはそれまで味わったことがないほど穏やかな気持ちになっていた。目を閉じ、上空を渡る風の音を聴きながら、心の奥底まで満たされていた。その時わたしを満たしていたものは幸福感と呼んでもよいほど甘美な感覚だった。
後年になって、特に楽しいことがその頃あったわけでもないのに、何故あれほど幸福感に満たされた気持ちになったのかがずっと疑問だった。今になって思うとたぶん松籟のせいだったのだろう。子どもの頃からの疑問が解けてすっきりした。
それにしてもこんな言葉まであるとは――日本語はすごい。

「大いなる陰謀」
原題: LIONS FOR LAMBS
アメリカ 映画 上映時間: 92分
製作年度: 2007年



しょっぱなから舞台劇のような長セリフがこれでもかと続くので、字幕に慣れていない人にはかなり辛い映画である。慣れていてもこれだけの長セリフを字幕で追うのは大変だ。意味をとるのに精一杯で、俳優の表情を見るひまもない。内容を把握するためには吹き替えで観るしかない映画だ。しかし劇場まで行って吹き替えというのもちょっと…。字幕なしで観られるようになりたいと思った。

レッドフォードやクルーズ、ストリープなど豪華キャストと予告編に惹かれて映画館に行ったらがっかりすること必定だから、これから観ようと思っている人は予備知識を仕込んでから行く方がいい。いずれにしても仕事の疲れを映画で癒したいと思って出向くような娯楽映画ではないので要注意である。
「ディズニーランドに行ったら偶然昔の恩師に出会い、ありがたくも重々しい話を聞かされてしまった感じ」というネットの映画評がこの映画への期待と実際の落差をよく物語っていると思う。

「大いなる陰謀」という、サスペンスを想起させる邦題はあいかわらず詐欺的・羊頭狗肉的タイトルである。関係者はいいかげんにしてほしい。原題の「Lions for Lambs」は、兵士は勇敢なライオンだが、司令官は臆病で無能な羊でしかなく、そのため兵士が犠牲になっている、といったくらいの意味である。

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レッドフォードの目元が妙にパッチリしすぎているのが気になった。

映画は、ワシントンDC、アフガニスタン、カリフォルニア大学――三つのシーンが同時に進行する。
テロとの戦いの大儀を掲げながらも長引く戦争。国民の厭戦気分を一掃しようと危険な作戦を立案し、個人的野心を遂げようとする政治家(トム・クルーズ)。
商業主義、娯楽主義に陥るジャーナリズムに危機感を抱く誠実なジャーナリスト(メリル・ストリープ)は真実を伝えようとする。しかし図らずも志を曲げる結果となる。「君はもう57歳で、新しい職場を見つけるのは難しい。それに介護の必要な親がいるんだろう。」と上司に“脅迫”されるシーンは身につまされた。
恵まれた境遇にあるのに、政治に幻滅し、世の中を冷笑的に見る無気力で享楽的な学生に、「無関心は現状肯定」につながると説き、行動を促す大学教授(ロバート・レッドフォード)。一方で、退役後の学費免除に魅力を感じて志願兵となる貧しいマイノリティの教え子たちの厳しい現実に心を痛める。

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民主党支持者のレッドフォードの個人的な政治メッセージのような映画であり、これといった派手な演出もないので、アメリカの政治に関心のない人は楽しめないかもしれない。だがネット評にあるように、アメリカの政治だから日本には関係ないと考えるのは間違いだ。
大量破壊兵器が見つからなかったことから、当のアメリカさえイラク戦争に疑問を持ちだしているにもかかわらず、ブッシュのいいなりにイラク戦争に荷担した当時の小泉政権は反省の色もなく沈黙したままだし、小泉元首相の説明責任を問う声も高まらない日本の現状は決してこの映画と無関係ではない。ジャーナリズムの娯楽化、視聴率主義、若者の政治への無関心、金持ちしか高度な教育が受けられないなどの実情も同じである。
メッセージの内容は確かに新鮮だとは言えないが、映画は単なる情報や知識でなく「体験」を提供するものである。その意味ではよくできた映画である。

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映画はどのシークエンスでもあえて結論を出さず、
what do you stand for? どっちを選ぶ?」
と、判断を観客に促す演出になっている。その意味で、この映画は新手の「ローイング・プレイゲーム映画」であり、観客に思考、選択を迫ってくる。
映画の中でレッドフォードが大学生にこんこんと言って聞かせるシーンが続くが、この大学生こそ実は映画の観客なのである。つまり、レッドフォードは登場人物への説明に見せかけて、実際は映画館の若い観客に向かって政治学の講義をしているのである。映画といいうよりレッドフォード先生によるセミナーと考えた方がわかりやすいかもしれない。
そういう次第であるから、この映画に娯楽性を求めるとがっかりするのは間違いないし、デートに彼女を誘う映画ではない。しかし、世界情勢や日本の政治・社会状況に関心のある人なら興味深い映画だと思う。「靖国 YASUKUNI」で大騒ぎしている日本と大違いで、このような映画が公開されるアメリカを改めて見直した。
正直にいうと、こうした劇場版映画ではなく、「NHKスペシャル」でもいいし、3時間のテレビドラマでじっくり作ってもよかったのではないかと思う。興行的にはまるっきり成功しないと思うので、なるだけ映画館で観てやってください。