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プライド(自尊心)について思うところを少し書いてみたい。昨今“切れやすい”若者が増えたと言われるが、それは高すぎるプライドが原因ではないかと思うからである。

単なる印象にすぎないが、秋葉原殺人事件の加藤智大もかなりプライドの高い男だと思う。自分の容姿を実際以上に“ぶさいく”と決めつけていたのも、謙虚さからではなく高すぎるプライドから生じた投げやりな認識ではなかったか。

プライドが高い(高すぎる)といった言い方をしているが、それでは高すぎるプライドとはいったい何にたいして高いのだろう。それは世間が認める能力/実力に対してである。もし世間の評価どおりであればそれは高くも低くもない。実力以上にプライドが高い場合に高すぎるプライドと呼ばれる。“空威張り”という言葉を援用するなら、実力の裏付けのない高すぎるプライドはいわば“空プライド”である。

“空プライド”は自己イメージを守る鎧である。自分をかっこよく見せたい若者はたいていプライドが高いものだから、25歳の加藤の“空プライド”が高かったとしても特別な意味はない。しかし、若者の“空プライド”は根拠のとぼしい過大な自己評価に支えられているにすぎないから、世間では通用しないことが多い。そして世間の評価と自己評価とのズレが大きいとストレスや軋轢、自信喪失、怒りの原因になり、心理的抑圧が増大する。
高いプライドと世間の評価(現実)の間の深刻な齟齬が、加藤という男に必要以上の劣等意識と激しい怒りを持たせる一因となっていたのではないかと思うのである。

                  *********

若者のプライドで思い出すのは、『コーチ』という本である。
この本は、今はベストセラー作家になった著者が中学時代の熱血教育者の思い出を綴ったノンフィクションである。
身長193cm、体重100kgの名物コーチ・フィッツはバスケット・ボールとベースボールのコーチで、鬼のように恐れられる存在だった。しかし、時代が変わり、彼の熱血コーチぶりが世論の逆風と父兄の反発にあうようになり、彼は学校を追われようとしていた。そんな噂を耳にした著者は数十年ぶりにニューオリンズの母校を訪ねて、かっての恩師の苦悩を知る。そして世間の風潮への反論として、また、恩師への感謝と尊敬の念を伝えるためこの本を著した。

コーチ・フィッツは言う。

「今時の子供は、生まれたときからプライドを尊重されている。だんだんにプライドを培っていくわけじゃない。だから叱られたりすると、とんでもない侮辱を受けたと憤慨する」

昨今の若者が“切れやすい”などと言われるのも、尊重されすぎたプライドが一因ではないか。昔は、「若い頃の苦労は買ってでもせよ」「可愛い子どもには旅をさせろ」「他人の飯をくってこい」などということわざがあった。これらのことわざは、厳しい浮世で鍛えられることで、子どもが一人で生きて行ける力をつけるよう願う親心を表したものであるが、子どものプライドを培うための修行とも解釈できる。
しかしそれがいまでは、親の欲目や過度な干渉のせいで、子どもたちの修行の場が奪われ、“空プライド”の若者ばかりになってしまったのではないだろうか。子どもが変わったというより親が変わってしまったのである。

ある学校の学芸会「白雪姫」で、どの親も自分の子どもを主人公にさせたがり、結局白雪姫が25人になってしまったという。いくらモンスターペアレントとはいえにわかには信じがたい報道だが、さらに驚くことに白雪姫が25人いてもかまわないと答えた父兄が少なくなかったというのだ。
自分の子どもが主役になれさえすれば他はどうでもいいのである。いや、子どものことを考えているかどうかもわかったものではない。実社会ではこのようなゴリ押しが通用するはずもないから、社会人になった後を心配して挫折に耐えられる子どもにすることが重要なのに、子どもに「旅」をさせず、親のコントロールできる狭い領域に閉じこめてしまうのは親のエゴでしかない。これなどは子どもから社会修行の場を奪う極端な例と言えるだろう。

コーチ・フィッツはこうも言っている。

「なにしろ、おれが何かやろうとするたびに、親が口出ししてくるんだ」

コーチ・フィッツとにって、プライドとは与えられるものではなく、経験を積み重ねる中で自らが獲得してゆく性質のものである。しかし、今の子供は親に大事にされるあまりそうした経験を積む機会を奪われているのだ。

加藤智大も母親の過度な干渉の元で育ったと報じられている。彼の母親は智大が着る服まで管理していたという。彼もまたプライドを培う修行の場を奪われ、“空プライド”が是正されることがないまま社会人となり、当然世間には通用せず、傷つき、憤懣と怒りを蓄積させ、最後に噴出したのではなかっただろうか。

以上でプライドについての考察はオシマイにしてもいいのだが、一言付け加えると、製造現場において派遣社員が従事している単純作業は何年続けてもプライドが培われることのない絶望的な仕事である。若者にプライドを培うチャンスを与えず、消耗品のように働かせることを認めた派遣法は即刻廃止すべきだ。消耗品にプライドはいらないが人間はそれが必要だからである。

派遣労働者として働く若者たち






ちょっと驚く写真サイトに出会いました。

福居伸宏 EVERY SUNDAY


夜の光景を撮影した写真と聞けば、多くの人が思い浮かべるのはたぶん松本コウシ氏の「眠らない風景」ではないでしょうか。いまさらわたしが言うまでもなく、氏の夜写真はどこかシュールで、ドラマティックでとても刺激的です。松本氏が夜写真の確固としたひとつのスタイルを作り上げてしまったので、夜の光景を撮るとどこかしら松本コウシ氏の二番煎じ見えて困るほどです。

しかし福居伸宏氏の夜写真は松本氏のそれと違いまったく異質です。最初見たときは夜の写真だとはわかりませんでした。なにやら独特で不思議な色合いだなと感じたのが第一印象です。説明を読んで初めて夜の撮影だとわかりました。

福居氏の夜写真は松本氏のようなドラマティックな物語性や力強さにはとぼしく、どちらかというと静謐で、単調な印象すら受けます。ただの普通の夜の風景と見えなくもありません。たしかに、よく見るとなじみのある夜の光景だけど、しかしそれが写真でこのように表現されたのは初めてではないでしょうか。福居氏の写真はその意味でまったくのオリジナルだと言えます。夜写真のもうひとうのスタンダードが誕生したと言えるかもしれません(福居氏の作品はすでに数年前に発表されたものなので、今頃“誕生”というのはわたしの勝手な都合ですが…)。

福居氏がベッヒャー夫妻のタイポロジーを意識しているところにも興味深いものあります。わたしはタイポロジーについてはいまひとつ理解不足ですが、福居氏の夜写真をみたときまっさきに頭に浮かんだイメージがベッヒャーだったからです。福居氏の夜写真はエンターテイメント性が希薄で、どちかかというとコンセプチュアルなアート写真と呼ぶべきかもしれません。いくぶん高尚でとっつきにくい印象がありますが、わたしは衝撃をうけました。

写真表現のフロンティアがこんなにも身近にあったことは驚きであると同時に、写真を撮っている身としては少し悔しい気もします。

このところ、というかかなり前から、ツタヤやコンビニやファストフード店で、こちらの手を両手でつつむようにしておつりを渡そうとする店員が増えているけど、あれは仕様ですか^^?

若くてかわいい女性の店員さんからにそんな風に渡されると悪い気がしない人が多いかもしれないけど、わたくしはちょっと気持ちの悪さが先にたつ。男の店員さんだったらさらに気色が悪いので、できたら止めてほしい。
かっては、こちらの手に1mmでも触るのが嫌だとばかりさっと手を引っ込める店員もいてそれはそれで感じが悪かったけど、どちらもわざとらしさの点ではいい勝負だ。お願いですから、おつりはもっとフツーに渡してもらえないものですか。

いつかどこかでだれかが、お客さんにおつりを渡すときは両手でやさしくつつむようにして渡しましょう。その方が丁寧な感じが表現できて、お客さんに喜んでもらえるでしょう。ええそれがいいですねわかりましたねそうしましょう! と決めたのだろうか。それが好評で、みんながマネした結果普及したということなのか。
そうだとしたらそれは根本的に勘違いです。おかしいです。
昔のようにおつりはフツーに渡してくださいフツーに。フツーは決して失礼ではありません.。自然なフツーが一番ですから。

「自分で考える前にググっていませんか?」(Life is beautiful)という指摘にはドキッとした。
道具が便利になればなるほど、その扱いに気をつけろと言う話。これはなにもgoogle記事のコピペだけの問題じゃないなあ。DTPの世界も便利になる一方だから、便利さに溺れないよう気をつけなきゃ…。


イラストレータで作成されたイラストレーションをインデザインに配置する。
先日、aiフォーマットのイラストレーションをインデザインに配置してレイアウトしたのだが、、デザイン制作過程でイラストの一部が壊れてしまい、イラストレータさんに申し訳ない結果になってしまった。
壊れた原因はイラストをグループ化しないで配置したためだった。

イラストレータからインデザインにイラストを配置する際は忘れずに「グループ化」をすること。また、インデザインに配置したあと拡大縮小する時は、shiftキーとctrlキーの両方を押しながら、「自由変形ツール」で行う(←重要)。shiftキーのみだと線の太さが拡大/縮小率に比例しないのでイラストが崩れる。
拡大/縮小率が決定しているなら、メニューのオブジェクト→変換→拡大/縮小でも可((オプションの「内容を拡大/縮小」のチェックを外す)。
いったん壊れたイラストはインデザインの編集では元にもどせないので再配置することになる。
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※イラストレータでイラストを選択する時は、クリックではなく、ドラッグで全体を選択すること。でないと下位のレイヤーが選択されない場合がある。

ごく初歩的なことを言ってしまったかもしれないが、反省として…。

DTP業界ではインデザインが主流になっているかと思っていましたが、ウェブを見ていると、まだまだインデザインは新参者のようです。そのせいか、ウェブにインデザインの情報が少ないので、これから折に触れてインデザインのtipsをこのブログで紹介していこうと思います。

私はインデザインのバージョン1が発売されたと同時に買って使っているので、いわばインデザイン使いのベテランですが、ソフト全体を総合的に学ぶ意欲に欠けているので、tipsは個人的に必要な機能に限定されます。またインデザインはページものを作るソフトなのですが、私はページものを作ることがあまりないので、イラストレータでもできる“ペラ”ものが中心になります。
そんなtipsは役にたたない! とつっこまれると、その通りですと返事するしかありません。さらに、基本的に自分のための備忘録なのでいいかげんな内容もあると思います。あまり信用しないように。
制作環境はwindowsXPとインデザインCSですが、たぶんMac環境でもほとんど違いはないと思います。
※また、CS2以降のバージョンで改善されている点もあると思いますが、CS2以降は知らないので、あくまでCSバージョンの話です。

第一回
インデザインとイラストレータで袋文字(ふちどり文字)の作成時の注意点



「荒野の狼」
上はインデザインでフォントをふちどりしたもの。
下はそれをアウトライン化したもの。似ても似つかぬものになっている。
たいていアウトライン化作業はデータ入校直前にすることが多いので、それまで気づかなかったり、どたん場で気づいて泡を食うことになりがちだ。
インデザインのふちどりはパスの外側に作成されるが、いったんアウトライン化すると、ふちどりがパスの内側に移動してしまうのが原因だ。レイアウトソフトとして深刻な不具合というべきだろう


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こちらも同じくインデザインで作成したフォントで、フォントとふちどり線を同じブラックにして太らしたもの。
下はそれをアウトライン化したもの。ふとらせた線が無くなって、結果的に元のフォントのままになっている。困ったものだ。

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こんどは、イラストレータで作成したフォントを線でふちどったもの。
イラストレータの線はインデザインと違い、パスの内側と外側に作成される。
(b)は(a)のフォントをピンクの線でふちどりしたもので、まだアウトライン化していないが、インデザインと違ってこの時点で変化がわかる。これはアウトライン化後(c)も変わらない。
インデザイン、イラストレータとも、このままでは使い物にならない。

対策
イラストレータで、ふちどったフォントとふちどり前のフォントを重ねて作成し、アウトライン化後にインデザインに配置する。インデザインで同様の作業をしても、アウトライン化によってふちどり部分が無くなるのでうまくいかない。

どちらも同じAdobe製品なのでもっと互換性を高めて欲しい――というところで第一回はオシマイ。
次があるかどうかわからないが…。

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mainichi jp

秋葉原無差別殺傷事件で逮捕された加藤智大容疑者が、書き込んだとみられる携帯サイトの掲示板の主な内容(asahi com.)。

加藤智大(殺人ブーン)、事件前夜までの携帯サイトの書き込み



■■■■6月5日■■■■

06:17 作業場行ったらツナギが無かった/辞めろってか/わかったよ

11:51 犯罪者予備軍って、日本にはたくさん居る気がする

12:05 「誰でもよかった」/なんかわかる気がする

12:32 東京の道路って面倒くさい

12:33 トラックで行くのは無謀かもしれん

■■■■6月6日■■■■

01:44 あ、住所不定無職になったのか/ますます絶望的だ

02:48 やりたいこと…殺人/夢…ワイドショー独占

02:54 工場で大暴れした/被害が人とか商品じゃなくてよかったね

02:55 それでも、人が足りないから来いと電話がくる/俺(おれ)が必要だから、じゃなくて、人が足りないから/誰が行くかよ

 同  誰でもできる簡単な仕事だよ

03:00 別の派遣でどっかの工場に行ったって、半年もすればまたこうなるのは明らか

03:07 仕事に行けっていうなら行ってやる/流れてくる商品全部破壊してやる

03:09 彼女がいれば、仕事を辞めることも、車を無くすことも、夜逃げすることも、携帯依存になることもなかった/希望がある奴(やつ)にはわかるまい

03:10 で、また俺は人のせいにしてると言われるのか

 同  いつも悪いのは全部俺

05:04 出勤時間になると目がさめてしまう/もう行かないんだから寝かせてくれ

06:41 とりあえず出発しよう

07:06 飛び込み自殺で東海道線がとまりました/何もかもが私の邪魔をします

08:10 三島まで出れた

08:15 こだまに乗れる/名古屋に1016着予定で、乗り換え5分でひかりに

09:46 こっちまで電車で来たのは、トヨタの期間工に応募して落ちたとき以来だ

10:35 米原で乗り換えだ

10:37 長良川超えた/堤防でいちゃついてるカップル、流されて死ねばいいのに

11:14 買い物/通販だと遅いから福井まででてきた

14:39 店員さん、いい人だった

14:42 人間と話すのって、いいね

17:59 三島ついた

20:30 うん/長旅だった

20:49 ナイフを5本買ってきました

■■■■6月7日■■■■

06:37 さあ出かけよう

08:03 今日は秋葉原/お金をつくりに行く

09:14 隣の椅子(いす)が開いてるのに座らなかった女の人が、2つ隣が開いたら座った/さすが、嫌われ者の俺だ

10:45 秋葉原ついた

11:41 定価より高く売れるソフトもあった

13:14 レンタカーに空きがなかった/トラックじゃ仕方ないかも

13:43 さあ帰ろう/電車に乗るのもこれが最後だ

15:35 大きい車を借りるにはクレジットカードが要るようです/どうせ俺は社会的信用無しですよ

16:01 小さいころから「いい子」を演じさせられてたし、騙(だま)すのには慣れてる/悪いね、店員さん

16:03 無事借りれた/準備完了だ

19:36 「死ぬ気になればなんでもできるだろ」/死ぬ気にならなくてもなんでもできちゃう人のセリフですね

20:34 もっと高揚するかと思ったら、意外に冷静な自分にびっくりしてる

20:53 中止はしない、したくない

■■■■6月8日■■■■

05:21 車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使います/みんなさようなら

05:44 途中で捕まるのが一番しょぼいパターンかな

11:45 秋葉原ついた

 同  今日は歩行者天国の日だよね?

12:10 時間です


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加藤の「つなぎ」があったかなかったか、彼が首の対象であったかなかったかは大きな問題ではない。
いつでも首を切られる不安定な職場で働いていたこと、作業着をかくされるような嫌がらせが起こりうる職場だと感じていたことが問題の本質である。

派遣との関連で今回の事件を説明するブログが多い。派遣とは関係ないとする者もいる。実際のところはわからない。しかしいずれにしても、今回の秋葉原通り魔殺人事件は当局に治安の不安を与えたようだ。どんな凶悪犯罪が起こっても治安上の問題にならない限り当局は動かないものだ。今回の事件が治安悪化の不安を当局に与えたとすると、それは当局が労働者派遣法と事件を関連づけて考慮しているということだ。
派遣と事件の実際の関連がどうであれ、今回の事件は派遣法を見直すきっかけになるだろう。


近所のスーパーからバターが無くなって困っている。
私の朝食はこの数十年、珈琲・ホームメイドのトースト・目玉焼き・小松菜――と決まっているので、バターが無いと困るのだ。この機会にトーストは止めようとも思ったが、炭水化物依存症的なところがあるので止めることができない。
しかたなく“バターもどき”のマーガリンを買ってきた。品不足はすぐ解消されるとタカをくくっていたが、マーガリンを買うのも今回で三度目になる。
バター不足の原因は農林水産省のおバカな役人がおバカな生産調整をしたせいだ。自然の生産物は不足したからといって急に増産などできっこないから、これからも当分品不足が続くことを覚悟しなければならない。
いやはや、バターが無くなるなんて夢にも思わなかった。

マーガリンでいいではないか、と思った人は、こちらこちらに目を通すことをお勧めする。
マーガリンに含まれる「トランス脂肪酸」は身体にとって諸悪の根源である。だから欧米では禁止されているのに、これまたおバカな理由で我が国では野放しになっている。